ossessione
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――。
優しい声に呼ばれ、振り返る。
そこには、予想外の悲しい表情。
その人の口から紡がれた言葉はあまりにも残酷だった。
――いい子にしてるんだぞ。
――え・・?
呆然と立ち尽くす私の頭をそっと撫でる。
――さよなら、。
――ッ!?
浮かべられた笑顔は、彼の悲しみを象っていた。
――待ってッ!!
だんだん小さくなっていく背中を追いかけようとする。
だが、意思とは裏腹に体はピクリとも動いてくれない。
――何で!?ま、待って、待ってよ!!お兄ちゃんっ!!
目の前が黒色に侵食され始めた。
もう、彼の姿は見えない。
それでも、私は叫び続けた。
愛しい彼の名前を――。
† † †
――っ!!!
また誰かが私を呼んでいる。
今度の声は先程よりも幼さを帯びている。
瞼を開けると、眩い光が降り注がれ、おぼろげではあるが人の形が確認できた。
ぼやけていた視界がだんだんとはっきりしてくる。
そこには、茶色の髪の少年が居た。
――おはよう!朝ご飯できてるよ。一緒に行こ?
朝日に負けないくらい輝いた笑顔が向けられる。
いまいち状況が掴めていなかったが、差し出された手を取らずには居られなかった。
そして、二つの幼い手が重なり合う。
――え?
しかし、それ一瞬で失われた。
周りにあった家具も眩しかった朝日も、少年も全て無くなって、再び辺りは暗闇に包まれた。
――ぞくりッ
悪寒がした。
――怖い・・。
何とも言えない恐怖心が現れる。
何かから逃げるように、駆け出した。
† † †
走っても、走っても周りは黒―黒ー黒―・・・
――!
――?
また、誰かが私を呼んでいる。
今度はどこか聞き覚えがある声だ。
――!
――誰?
でも、声の主はなかなか姿を見せてくれない。
周りを見渡してると、ふと肩に温かさを感じた。
振り返ってみると、眩い光に包みこまれた。
† † †
「お兄ちゃん?」
目を覚ますと、そこには兄が居た。
起きてみると目の前にはスコールが・・。なんて事は日常茶飯事だ。
でも、今回はいつもと違う。
普段なら呆れた表情を浮かべてるのに、今日のスコールはいつになく心配そうな顔をしていた。
「ど、どうしたの?」
「俺のセリフだ。魘されていた。」
「え、」
「気付いてなかったのか?」
「エヘヘ・・。」
鋭い視線から逃れるように空笑いを浮かべる。
「・・・。」
だが、絶対零度の兄の視線はそう簡単には許してくれそうにない。
どうしたものかと考えていると、ふと自分がベットにいるに居ることに気がついた。
確か眠りに尽く前、自分は椅子に座っていた気が・・・。
不思議に思ったが、自分の代わりに椅子に座っているスコールを見て謎が解けた。
「ありがとね。」
「?」
「ベットに寝かせてくれたの、お兄ちゃんでしょ?」
「あぁ。そろそろ戻るか。」
「うん。」
デスクワークをしていたカドワキ先生にお礼を言って、2人仲好く肩を並べて保健室を後にする。
† † †
「あのね、」
「どうした?」
部屋に戻る途中、先程見た夢を思い出した。
「さっき、魘されてたって言ってたけど、ちょっと怖い夢見たの。」
「・・。」
スコールは歩幅を緩めることなく廊下を進み続ける。
もしかしたら、聞いてないのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
それは、誰かに話したかっただけだからかもしれない。
「夢でね、大切な人達がいなくなっちゃったの。
その人達が誰だったかは全然覚えてないんだけど、とにかくすごい大切な人達だったみたい。
それでね、追いかけようとしたんだけどっ・・・足が、体が・・動かなくて・・。」
目の前を歩くスコールの背中がだんだん滲んでくる。
彼は自分の異変に気付いているか否かは分からない。
ただ、相変わらず歩みのスピードが落ちることはなかった。
「必死に呼んだんだけどっ、気付いて、もらえ・・なくて。それで、私・・」
「・・・。」
スコールが急に歩くのを止めた。
「どうした・・。」
尋ねる間も無く、抱き締められた。
「お兄ちゃ「もういい。」
私の言葉を遮る様に強く抱きしめる。
「その話はもうするな。」
「あ、ごめん。五月蝿かった?」
「そうじゃない。・・辛いなら無理に話さなくていい。」
「あ、」
「それに・・・俺はお前の前から消えたりしない。」
「!・・う、ん。」
「行くぞ。」
ふと、私を包んでた温かさが消えた。
「うん!」
でも、不思議と寂しさはなかった・・。
「(ありがと、お兄ちゃん。)」
心の中で、不器用な兄に感謝する。
あかりは、自分が寝ている間にスコールの身に起こった事を知る由もなかった。
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