灰かぶり―前篇―

-------------------------------------------------------------------------------- 昔々、ある所にというとても可愛らしい女の子がおりました。 は、優しい両親に育てられ、幸せに暮らしていました。 しかし、が7歳の誕生日を迎えようとする頃、母親は病気になってしまいました。 日に日に病状が悪化していく母親を見るたびに、は涙を流さずにはいられませんでした。 ある日の夜、母親はを自分のもとへと呼び出しました。自分の死期が近づいてきていることを悟ったのです。 「(もうすぐの誕生日。 私は、もう少しの間しかこの子の側に居てあげられない。せめて、何かこの子に贈り物をしてあげたいわ。)」 <コンコンッ> ドアから控え目な音が聞こえる。 「お入りなさい。」 扉が静かに開けられ、が入ってきた。 「・・・。お母さんは、もうすぐあなたの側にいられなくなってしまうわ。」 母親が静かに口を開いた。 の大きな瞳がさらに開かれた。 眼には大粒の涙が今にも頬を流れていきそうだ。 「いやだ・・。いやだよぉ、お母さんッ。」 は母親の元に駆け寄り、泣き崩れた。そんなを優しく抱いた。 「泣かないで・・。お母さんは、あなたの側にいてあげれないけれど、天国であなたのことを見守っています。 だから、信じる心と優しさを忘れないで・・そうすれば、きっと神様がいつでも助けてくれますからね。」 母親は、そう言って静かに目を閉じました。は、再び母があの優しい瞳を向けてくれないことを理解しました。 その日からずっと、は母の墓に行っては、泣き続けました。そして、母に信心深く善良に生きることを誓いました。 母親が亡くなってから数年、は父親と2人で暮らしてきました。 しかし、毎日のように母親の墓に行くを不憫に思った父親は、新しい妻を迎えました。 この妻には、2人の娘がおりました。この娘たちも、には及びませんが、美しい顔立ちをしていました。 しかしこの2人の娘は、その美しい顔立ちとは正反対に心はとても醜かったのです。 は新しい母親と二人の姉に毎日、汚らしい服を着せられて、召使のように扱われるようになってしまいました。 そのみすぼらしい姿からはいつしか、シンデレラ(灰かぶり)と呼ばれていました。 それだけでなく、新しい母親を迎えて1年も絶たないうちに父親が帰らぬ人となってしまったのです。 シンデレラはそれでも、母親との約束を守り続けました。 観月「シンデレラ、私のドレスをどこにやったのです?んふっ。」 まま母の観月は髪の毛をいじりながらに言いました。 「洗濯が終わりましたので、今からお部屋に届けようとしていたところです。」 観月「まだ、洗濯をしていたのですか?んー、遅いですねぇ。」 観月は、厭味ったらしくに言い放ちました。 裕太「さすが観月さん・・・すごく自然体だッ。」 金田「あぁ・・すごくしっくりとするな。」 物陰に隠れながら、会話を進める裕太と金田に 観月「んふっ、何をしているのです・・?2人とも、ちゃんとお芝居をしてください。」 裕太・金田「「は、はい!!!」」 裕太「っと、シンデレラ・・俺の・・私の靴は磨いておいたかしら?(やりにくい・・。)」 「いいえ、今からやるところです、姉様。」 裕太「では、よろしくお願いします。」 あっさりと同意してしまう上に、敬語になっている裕太の足を観月が踏んだ。 裕太「痛ッ!!」 観月「(何をやっているんですか、君は!?少しは嫌みの一つでもいいなさいッ。じゃないと、僕のシナリオが・・・。)」 裕太「(す、すみませんッ、観月さんッ。)」 ぼやきだした観月を必死で止める裕太。そんな裕太を不憫に思った金田が助け船を出してくれた。 金田「そ、そういえばお母様?先程このような手紙が届けられていましたわ。」 観月「んふっ、何ですか?」 金田から手紙を受け取り、さっそく内容を読んだ。 "来る20日、我が国の王子成人の祝いに舞踏会を開催する。国中すべての年頃の娘は、参加せよ。" そこには、王子の誕生日を祝う舞踏会が開催されると書いてあった。 観月「んー、おそらくこれは王子の成人祝いの名目での花嫁選びでしょう。」 裕太「へぇ、そうなんッスか。ところで、この国の王子誰でしたっけ?」 金田「そういえば・・俺も知らないぞ。」 観月「あなた達今更何を言ってるんですかッ!?」 金田・裕太「ヒッ」 無関心な2人に対して、観月が今までにないような形相で怒鳴りつけてくる。そんな観月に怯える2人。 観月「とにかくッ!!今回の舞踏会は、この国を乗っ取るチャンスですッ。何としてでも王子に気に入られなければ・・。 あなた達は、今からすぐに舞踏会の準備をしなさいッ。シンデレラ、あなたはこの2人の準備を手伝うのですよッ。」 金田・裕太「は、はいッ!!」 「わかりました、お母様。」 まま母のスパルタとのおかげで、2人の姉は舞踏会までに最低限のマナーを身につけることができました。 そして・・・・今日は待ちに待った舞踏会が開催される日です。 「お姉様方、準備が終わりました。」 2人の姉はシンデレラの施してくれた化粧と、煌びやかなドレスのお陰でもう着替え前の男らしい面影はなく、 美しい娘となっておりました。 裕太「・・・えぇ。(ほ、本当に俺なのかッ!?)」 金田「・・ありがとう。(さすが、さん。)」 「(2人ともよく似合ってるなぁ。)」 3人3様の感想を抱いているところに、先に準備を終えたまま母が入ってきました。 「準備は出来ましたか?もうすぐ馬車が来ますから、急いで下に下りてきなさい。」 そう言い残すと、紫色のドレスをなびかせて階段を下り行きました。 裕太「(すごい観月さん・・・何もしてないのに似合っている。)」 素で似合っている観月に心の中で拍手を送りながら、下に降りてゆきました。 玄関にはまま母と既に到着した馬車がいました。まま母は娘が遅いので痺れを切らして先に馬車へと乗っていました。 そして、遅れてきた彼女達にさんざん小言を言っていました。 馬車が出発する間際に 「シンデレラ、あなたはもう家に戻っていいですよ?皿洗いと洗濯・・それに掃除をやっておきなさい。」 「はい、お母様・・。」 馬車の中から見下すまま母の表情は、冷たく見えました。 家に戻ったは、まま母に言われた仕事をこなしていきました。 仕事は、小鳥や動物達が手伝ってくれてので早く終わることができました。 彼らにお礼を言った後、は自室である薄汚い屋根裏部屋へと戻って行きました。 「・・・行きたかったな、舞踏会・・。」 小さい頃、お母さんに何度も読んでもらった絵本。 お話の中にはいつもおいしそうな料理と綺麗なドレスが登場して、夢のようでした。 ――― 一度でいいから、舞踏会に行ってみたい―――― 綺麗なドレスを着て、きらきら光るガラスの靴を履いて・・・素敵な人と踊ってみたい。 のささやかな願いは、もう叶えられることはありませんでした。 「(仕方ないよ、ドレスのない私には舞踏会に行くことなんてできないんだ・・。)」 は舞踏会に着て行く様なドレスは1着も持っていませんでした。 全て、まま母に捨てられてしまったり、お姉様達にとられてしまったのです。 が持っているドレスは、この破れかけた灰色のみすぼらしいドレスだけでした。 「・・・ッ」 は、鏡に映った自分を見て泣き出してしまいました。 「(どうして、自分だけがこんなみすぼらしい思いをしているの・・? お母様の嘘つき・・ずっと信じていたのにッ、幸せになんかなれないよ・・。)」 そう思うと、涙が止まりませんでした。 †            †             † 「やっぱり可哀想そうですよ・・観月さん。」 少し言いにくそうな表情を浮かべている裕太の言葉に金田も賛同しました。そんな2人を交見ながら、観月は重い溜息を吐き、 「仕方がないでしょう。僕だって、彼女を連れてってあげたいです。(ドレス姿も見たいですしね。) ですが、(あんなに可愛らしい)彼女を下心丸出しの狼達がいる所に連れてったらどうなります?」 観月の言葉に2人は、はっとしました。 「「(た、確かに・・)」」 もっともな観月発言に、2人はただただ黙るしかありません。 デコボコの砂利道を通る馬車に揺られながら、3人は口を閉ざしました。 †            †             † 泣き疲れてしまったは、いつの間にか寝てしまいました。 『・・・い。・・なさい。起きなさい。』 朧げな意識の中で誰かが呼んでいることに気が付きました。しかし、その声はしっかりとの耳に届きません。 「・・ん。」 もう少し寝ていたい、その気持ちがの瞼を閉ざします。 『・・起きなさい。』 「・・・。」 『・・・襲うよ?』 「ッ!!??」 ベットから勢いよく体を起こし、声のする方を見ました。 するとそこには、1人の男が立っていました。 男は漆黒のマントで体を隠し、マントと同じ色の帽子は先端がとがっていて、魔法使いを連想させるような格好をしていました。 帽子から覗くその顔はとても美しい顔をしていて、形の良い唇は薄らと笑みを浮かべとても艶めかしい表情です。 『クスクス、冗談だよ。(残念だなぁ。)』 「あ・・・。」 驚きのあまり何も言えないに魔法使いは言いました。 『可哀想な。僕が舞踏会に連れてってあげる。』 「!!・・ありがとう。でも私には舞踏会に行ける様なドレスも馬車も何もないわ。」 は、俯いてそう答えました。 『そんな悲しそうな顔をしないで。僕が全部用意してあげるよ。』 「本当に?」 俯かせていた、顔を上げました。けれど、魔法使いの手には何もありませんでした。 が不思議そうな表情で見ていると、魔法使いはその視線に気付き、また笑って言いました。 『クスクス、僕は魔法使いだよ?』 そう言うと、マントの袖から杖・・・ではなく、ラケットを取り出しました。 「え?」 予想外の物の登場には、ただただ驚くばかりです。 「(ラケットなんてどうするんだろう・・?)」 魔法使いはまたマントに手を入れて、今度は黄色い球を取り出し、に見せました。 『ほら、これを使って舞踏会に行く馬車から奪えばいいよ。』 満面の笑みを浮かべながら、魔法使いはラケットを握りました。 「いやいや、ダメでしょッ!!!」 は、窓から馬車を探している魔法使いを慌てて止めました。 『クスクス、冗談だよ。』 「(思えないから。)」 魔法使いは今度こそマントの袖から魔法の杖を取り出しました。 『畑に行って、かぼちゃを取っておいでよ。』 はすぐに家の裏にある畑に行って、一番大きなカボチャを取ってきました。 しかし、どうしてこのカボチャで舞踏会に行けるかは見当もつきません。 「(また、冗談だったりして。)」 疑いの心を持ちながら、はカボチャを魔法使いのところへ持って行きました。 「持って来たよ。」 いつの間にか玄関の前にいる魔法使いには言いました。 『御苦労さま。』 魔法使いはカボチャをから受け取り、地面に置いて何か呟いて杖を振りました。 すると、カボチャはむくむくと膨れ上がり金の車輪がついた馬車に変わったではありませんか! 「すごい・・!!」 『クスクス、驚くのはまだ早いよ?』 それから、魔法使いとは台所に行って6頭のネズミを捕まえてきました。 ネズミ達にも、カボチャ同様に杖を振ります。 すると今度は、さっきまで手の平サイズだったネズミ達は立派な白馬へと姿を変えました。 「夢みたい・・。」 たちまち馬車ができて、はまるで夢を見ているような気分になりました。 『後は・・・御者だね。』 魔法使いはできあがった馬車を見ながら呟きました。 「次は誰を連れてこればいいの?」 目を輝かせながら聞きました。 こんな素敵な体験は、今までのどんなことよりも楽しくてたまりません。 『クスクス(可愛いなぁ)。ちょっと待っててね。』 魔法使いはそう言い残すと、叢(くさむら)へと姿を消してしまいました。 「(次はどんなことが起こるんだろう?)」 期待に胸を膨らませていると、魔法使いが戻ってきました。 手にはロープを掴んでいて、その先には茶色い何かが付いています。 「(なんだろう?)」 だんだん近づいてくるそれを、目を凝らしてみてみると・・・ 「ぶっ部長!!??」 『正解ww』 語尾にハートが付きそうな程、嬉しそうな声をしている魔法使い。 「うぅっ・・。」 ロープで首を絞められて、唸り声をあげながらもこちらも見てくる茶色い物体。 「ひっ。」 その表情は苦痛そのもので、は思わずたじろいでしまいました。 『驚かしちゃった?ごめんね。』 「あ、ううん。・・ねぇ、それ。」 魔法使いの言葉に返事を返すものの、の視線はロープの先にあるものただ一つでした。 『あぁ、これ?さっきその辺で御者になれそな動物探してたら、見つけた。』 「み。見つけたって・・。」 困惑する。魔法使いは気にしないで言葉を続けていきました。 『なんか、視線感じて連れてきてみた。途中で迷子にならないようにロープで縛ってさ。』 部長「嘘つけ!!俺が逃げたから、ロープ使って捕まえたんだろ!!」 やっと口を利いた"それ"・・もとい、御者は魔法使いの言葉を全面否定しました。 『なんでもいいじゃん。とりあえずこれで馬車のほうはいいね。あとは・・。』 後ろで騒いでいる御者を完全に無視して、魔法使いはに視線を移しました。 「あ。」 魔法使いの視線に気づいて、は自分の服を見ました。 所々すり切れていて全体的に灰色の服は、何とも言えないくらいみすぼらしい格好です。 自分の姿を見て一気に現実に戻された感じがして、はまた悲しくなってきました。 そんなの頭にそっと手をおいて、魔法使いは優しく微笑みました。 『大丈夫、僕が世界一のドレスを用意してあげるから・・・だから、そんな顔しないで。』 に向って杖を振るうと、ぼろ布のような服が金糸銀糸に宝石の縫い取りのきらびやかなドレスに変わりました。 あまりにも綺麗なドレスに言葉も出ないに魔法使いは、 『これが僕からの最後の贈り物だよ。』 そう言って、薄っぺらい革布で作られた簡素な靴に杖を振りました。 そこにはもう革布の靴はなく、キラキラ光る美しいガラスの靴がありました。 金色の車輪の馬車に、美しい鬣(たてがみ)の白馬、 それに金銀の刺繍をあしらえたドレスに足元には宝石のようなガラスの靴、**は本当のお姫様のようになっていました。 『楽しんでおいでよ。でも、この魔法は夜中の12時までしか効かないから。それまでには必ず帰ってくるんだよ。』 魔法使いは、歓喜に満ちているにそう注意しました。 はしゃいでいたも、表情を変えてしっかりと頷きました。 魔法使いは再び頬の筋肉を緩めました。 『さぁ、僕の仕事はここまでだよ。後は君次第だ。健闘を祈るよ。』 優しい言葉とは裏腹に、表情には曇りが見えました。 は疑問に思いつつも、御者に呼ばれ言葉をかける間もなく馬車に乗りました。 さぁ、まもなく舞踏会が開かれる時間です。 を乗せたカボチャの馬車は、足早にお城へと駆けて行きました。 †           †            † 「・・・行っちゃった。仕方ないよね、僕は王子様になれなかったから・・。』 と御者達が去ってしまい、残された魔法使いは静寂の夜に1人佇んでいました。 〜NEXT〜 ―――――あとがき―――― あまりにも長かったので、前後篇にしました。 淳夢なのに本人は、まさかの魔法使い・・・・王子様は誰なんでしょうね??(笑)← ではでは、後篇もお楽しみくださいm(_ _)m