La Sirenetta
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―――ザァァァッ、ザァァッ
「ふぅ、(やっぱり、ここは落ち着くな・・。)」
永四郎は王室を出た後、海に来ていた。
心地良い波の満ち引きのリズムと、鼻を擽る(くすぐる)独特の潮の匂い。
彼は城の窮屈さや、大臣や従者達のわざとらしい態度に嫌気がさした時、必ずと言っていい程ここに来る。
有りの儘の姿を見せてくれる海は永四郎にとって、とても新鮮なものだった。
―――それから数時間の時が流れた。
「(そろそろ戻るか・・。)」
正直戻りたくないのだが、雲行きが怪しくなってきた。
さっきまで太陽がこれでもかと言うくらいに、砂浜を焼きつけていた。
しかし、今はその太陽は分厚い雲に覆われて、光すら届かない状態だ。
――ポツッ ポツッ
永四郎の頬に雫が伝った。
「チッ、もう降って来たか・・・。」
終いには雨が降り注いできた。落ちてくる雫の量と勢いがだんだん増してくる。
これ以上濡れない為にも早く城に戻った方が良い・・・そう考え、永四郎が海に背中を向けた瞬間、
――――バシャァァッッッ!!!!
「ッッ!?」
突如大きな波が現れて、永四郎をさらっていった。
予想外の津波に永四郎は為す術がなかった。
† † †
――――――ガシャンッ
その頃、凛は抑えが利かないほど苛立っていた。
彼の足元には形を失った花瓶や本、様々なものが散らばっていた。
「ハァッ、ハァ・・・ッチ、、。」
少し落ち着きを取り戻した凛は、崩れるように床に腰をおろした。
散らかった部屋を眺めながら、凛は先程の出来事を思い出した。
――――――数十分前の出来事だ。
凛はたまたま水中散歩をしていた。
目的は特にないが、ただなんとなくぶらついていた。
ふと、前を見ると見知った後ろが見えた。
と彼女の友人である。
声を掛けようとしたが、どことなく深刻な話をしているように窺えたので、そっと岩場に隠れることにした。
「――え・・・まじ?」
「うん、私・・・・の事が・・。」
「でも・・・・・でしょ!?」
「わ・・・る、それでも、好きなのッ!!」
――ドクンッ
の最後の言葉を聞いた時、凛は心臓が跳ね上がった。
――あぁ、やっぱりな・・・――
「(わかってた。あぬひゃーにしちゅんな奴がいるってことも、そしてソイツがわんじゃないってことも。)」
そう、分かっていたのだ。分かっていて、彼女の側にいた。
それがどんなに辛く、報われないことでも。
これ以上達の会話を聞ききたくない、その思いで凛はその場を離れようとした。
その時―――
「ッ、本気なの?」
「・・うん。」
「人間なのに?」
「ッ!!??」
凛は自分の耳を疑った。
「あんた、あの方にばれたら、どうなるか・・・。」
「・・うん、わかってるよ。」
人間を好きになる―――それは、この世界でもっとも許されない行為であった。
もしもそれが、上層部の者にばれたら彼女は・・・は、間違いなく殺される、否、消されると言った方が適切だ。
何故なら、達海に住む種族は古来から神と同じ存在であった。
故に寿命と言うものを持っていない、つまり死ぬことができないのである。もちろん、殺されることもない。
よって、文字道理、"消される"のである。
神と言う称号を失い、肉体を失い、魂だけが存在する。
それが彼らにとって最も重い罰なのである。
「ッ・・。」
凛は込みあがる怒りをなんとか抑え、帰路についた―――――
そして今に至る。
が恋をしたのは彼女の様子がおかしくなった時期から考えると、恐らく自分と初めて海上に出た時であろう。
「(あの時・・わんがあぬひゃーを連れてかなかったら・・)、クソッッ」
―――ガシャンッッ
近くに転がっていた瓶を壁に投げつけた。
こんなことをしたって、何も変わらない。
頭では分かっているが、どうしても抑えきれない。
―――コンコンッ
控え目なノック音が聞こえた。
正直、こんな時に出たくないのが本音だが、後々面倒だ。
重い腰を上げ、扉を開けた。
そこに立っていたのは――――
「??」
「あ、凛・・。」
が凛の家に来るのはこれが初めてではない。
にも拘らず、どこか緊張した様子のに首を傾げながらも、とりあえず中に案内することにした。
「・・・ゎ、す、すごいね・・。」
「あぁ・・。」
凛が散々暴れた直後なので、部屋はお世辞にもキレイとは言えなかった。
「「・・・・・・」」
2人の間に沈黙が流れた。普段なら滅多にないことなので、どうしていいか分からない。
「あ、あのね、」
重い空気に耐えられず、が口を開いた。
「・・。」
「凛、今日荒れてるよね、何かあったの?」
「・・・。」
が凛を訪ねたのは、海中の揺れが収まらないからである。
神と崇められている達だが、取り分け凛の一族は特別であった。
凛は海の神、ポセイドンの一族の末裔である。
『海が荒れるのはポセイドンの機嫌が悪いんだよ。』
幼い頃、誰かに聞いたことがあった。
当時は、なんのことかさっぱり分からなかった。
そのポセイドンの末裔が幼馴染である彼だと知ったのはつい最近である。
自身興味なかったし、凛もそんな話は全然してくれなかった。
きっと、ポセイドンがどうとか、そんな理由で区別されるのが嫌だったんだろう。
「・・・・・。」
「凛・・?」
無視を決め込む凛には不安を感じた。
気分屋ではあるが、その分、機嫌が直るのに時間を要さない。
話しかければ、すぐにいつもの明るい彼に戻るはずなのに何故か今日はそうはいかないらしい。
「(無理に話させるのもダメだよね。)・・隣いい?」
「おぅ。」
彼の隣に腰を下ろすと、そのまま彼が話すまで待つことにした。
† † †
――――チッ チッ チッ
しばらくの間、時計秒針の音だけが部屋に木霊した。
「やぁー・・・」
「ん?」
ふと、凛が沈黙を破った。
「(やっと、話してくれる気になったかな?)何?」
これで、凛の機嫌が直る・・そう思っていただが、彼の口からは予想外の言葉が出てきた。
「やぁ、しちゅんな奴がいるんだってな。それもやまとんちゅの・・。(注:本来は本州の人を表すが、ここでは人間の意味)」
「えっ・・。なんで・・。」
の体が強張った。まだ、このことは親友にしか伝えてないのに・・。
「しんけんだばぁ?やぁー、やまとんちゅを好きになるって事がどういう事か分かってるばぁ?」
「うん、消されちゃうんだよね・・。」
「ならどうしてさあっ!!???」
凛が立ちあがって、声を張り上げた。
分かってるなら、どうしてやめようとしない・・?
凛の頭の中をその言葉が占める。
「わかってるなら・・・どうしてッ「好きだからだよ。」
大きくはないが、はっきりとした声が凛の耳に届いた。
「それくらい、好きなの・・・彼のことが。」
「ッ!!!」
その瞬間、凛の中で抑えていた何かが弾けた。
――――グイッ
「きゃッ」
凛はおもむろにの腕を引き、そのまま強引に彼女の唇を塞いだ。
「〜〜!!!」
突然のことに驚いただが、慌てて凛から離れようとする。
しかし、女の力では到底敵うことなく、そのまま唇を塞がれたままだった。
だんだん息が苦しくなる、抗議しようとは凛の胸を叩いた。
凛もさすがにきついのか、ようやく解放してくれた。
「ぷはッッ、はぁはぁ」
「・・・・・。」
は息を切らしながらも彼を睨んだ。
「どうして・・・。」
「わんも・・、わんも好きなんばぁよ。やぁのことが。」
「え、」
「やぁがでーじその男(いきが)の事が好きなのと同じくらい、わんもやぁーがしちゅんさぁ!!」
「ぁ・・・。」
は、言葉を失った。凛にキスされたことよりも、彼が自分にそんな気持ちを抱いていたことの方が驚きだ。
今まで、ただの幼馴染としてしか見ていなかった。
それなのに彼は・・・・、
「ごめん・・。私、凛の気持ち知らなくてッ、」
きっと何年も前から自分のことを思ってくれていたのだろう。
にも拘らず、自分は軽々と彼に恋愛相談をしていた・・・、無神経な自分の行動がどれだけ彼を傷付けていたのだろうか。
「・・ッ、」
そう思うと泣けてきた。
辛いのは凛の方に決まってる、なのに止めどなく流れ落ちる涙を止める術をは知らなかった。
その時ふと、の視界が暗くなった。
それと同時に、温かい温もりが伝わる・・・、凛に抱きしめられているのだ。
「凛・・・?」
「わっさん、泣かせる気は無かったんばぁよ。・・・・やぁーを泣かせるなんてわん、最低だな。
しちゅんな、女(いなぐ)を慰めることすらできないなんてよ・・。」
「違ッ、凛は悪くないよ!!私が勝手に・・。」
「いや、わんがやぁーに気持ちを伝えたのがいけなかった。ごめんな。」
そう言って凛は私を強く抱きしめた。
「凛・・。」
「やしが、正直わんよかったと思ってるさー。やぁーに気持ち伝えられて・・。」
「うん、」
「ずっと、ずっとしちゅんだったさぁ、」
「うん、」
「が他の男(いきが)の事話す時、胸がでーじ苦しかった。」
「うん、」
「だから、がやまとんちゅの事しちゅんって聞いた時、でーじ、わじわじした。」
「うん、」
「を上の世界に連れてった事、後悔した。」
「うん、」
「やしが、それでやぁーが幸せになるなら・・・わんはそれでいい。」
「ッうん、、」
凛はそう言って、私から離れた。
そして、いつもの笑顔で
「振られたら、わんが貰ってやるさー。」
冗談を飛ばした。
「な、失礼だなぁ!!」
「ははっ、・・また来いよ?やぁーがわんにとって大切な女(いなぐ)ってことは変わらないからな。」
さっきの笑顔は消えて、真剣な顔をした凛がいた。
「・・うん。またね。」
私も力強く頷いて、凛の家を出た。
―――バタンッ
扉が閉まる音が部屋に響き渡った。
それと同時に一気に足の力が抜けた。
「ははっ、情けねぇ。やしが・・・これでよかったんだよな。」
終わった――何年もずっと培われてきた恋がこの瞬間終わったのだ。
最後、ちゃんとした笑顔で彼女を見送れただろうか。
「ッ・・・しんけん、しちゅんだったんばぁよ、。」
気持ちと共に込み上げてくる温かいモノを今はただ、為すがままに流させておこう。
次、彼女の前で笑えるように・・・・・。
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