La Sirenetta

-------------------------------------------------------------------------------- 凛と別れた後、私は海上まで来ていた。 凛の気持ちに応えられなかった罪悪感が私をここに連れて来たのだろう。 ―――今まで、ずっと凛を傷付けてきた。 その言葉が頭の中をぐるぐると駆けまわる。 ごめんね、凛・・・。 「あーッ!!こんなこと考えたって仕方ないじゃんッ。」 ふぅ、と一息ついて、あたりを見渡すと大分穏やかになった海が一面に広がっている。 「(ここで、初めて彼に会ったんだよね・・。)」 あの時は、海上にくるなんて掟破りの事したくなかったのに・・・今は連れて来てくれた凛に感謝しなきゃね。 ――――初めて海中以外の世界を見た時は胸が高鳴った。 自分がいる世界と180度違う海上の世界・・・。 遠くには見知らぬ大きな建物があった(凛はお城って言ってたなぁ)。 他にも小さい建物がたくさんあって、私の知らない世界で人々が同じように生活してるんだな、って感心しちゃった。 いつも内緒でこの世界を見てた凛をちょっとだけ狡いと思った。でも、連れて来てくれたから良しとしよう。 私が別世界を堪能していると、ふと、辺りが暗くなった。 なんだろうと振り返ってみると、そこにはあり得ない程の大きなモノが佇んでた。 「ッ!?」 あまりに衝撃的で動けない私を凛は慌てて腕を引いて岩陰に連れてってくれた。 「ふらーッ!!あんなとぅくるにいたら、やまとんちゅに見つかるやっしッ!!」 「ご、ごめん;;」 すごい剣幕に怒ってくる凛。そんなに怒らなくたっていいのにさ。・・・いや、確かに危なかったけどさ。 「まったく、やぁーは目を離すとすぐこれやっし。」 「ごめんってば。それより、さっきのは一体何だったの?」 早目に話題を変えないと、小姑な凛の小言が続いてしまう。 「あー、さっきのかぁ?船やっしー。」 「船・・??」 「あぁ、やまとんちゅが海を移動する時に使うやつさー。まぁ、あそこまでデカいのはわんも初めてだがな。」 「へぇー。(もっと近くで見てみたいなぁ。)ね、近くに行ってもいいかな?」 「あぃ!?やぁー、正気か?あんなもんの近くに行ったら、見つかるどー。」 「大丈夫だって!!ね?お願いッ!!」 パチンッ、と両手を合わせて凛におねだりする。 凛はコレに弱いんだよね・・。 「ぅ・・・わっぁたよ、ちょっとだけだかんな。」 「うんッ!!じゃ、行ってくるね。」 「あぁ、気をつけろよー。」 やった、凛の御許しも出たし、これで心置きなく"船"を堪能できそう。 「わー、近くで見るともっと大きく見える・・。」 遠目で見ても十分な大きさだった船は、近くで見るとその大きさを増していた。 「こんなに大きいのによく沈まないなぁー。」 人間の技術に感心していると、ふと人影が見えた。 慌てて近くの岩に隠れると、どうやら向こうは私の存在に気付いていないらしい。 「(危なかった・・。)」 岩陰からそっと覗いてみると、若い青年が立っていた。 どうやら物思いにふけているようだった。 その瞳は誰も寄せ付けない孤独で、それでいて少し寂しそうな色をしていた。 「(綺麗・・。)」 が青年に見とれていると、青年が視線を感じたのかこちらを見つめる。 「ッッ!?」 慌てて顔を引っ込めた。 「(気付かれちゃったかな・・?とりあえず、もう戻った方がいいよね。)」 いい加減戻らないと、凛にまた小言を言われてしまう。 彼の小言防止の為にも一刻も早く戻った方が良いようだ。 そう思って、は大きな船と青年に背中を向けて進みだした。 青年がこちらの方を見つめている事を知らずに・・・。 「懐かしいなぁ、もう1年以上経つんだ・・・。」 彼に出合ったのがつい最近の事に感じられる。 「(それくらい彼に夢中なのかな。)」 そう思いながら、水面(みなも)を見つめた。 どれくらいの時間が経っただろうか。 は溜め息を零すと、帰路に着こうとして、ふと顔を上げると数メートル先に何かの気配を感じた。 「(何だろう・・?)」 不思議に思って気配のする方に近づいた。 近づくにつれ、影の輪郭がはっきりしてくる。 「(あれは・・人間ッ!?)」 よく見ると青年のようだった。 見つかると危険なので、は注意深く近づいた。 しかし、が近づいても相手は何の反応も示さない。 どうやら、気を失っているようだ。 「(早く陸に連れてかなきゃっ)」 は急いで彼の元へ向かった。 そしてそのまま彼を抱えると、浜辺の方へと泳いで行った。 「ふぅ、やっと着いたぁ・・。」 青年が気を失っていたところから、かなりの距離があった。 いくら水中だからと言っても、成人男性を運ぶのはさすがにキツイ。 やっとの思いで、は浜辺に着いたのだ。 は一息つくと、青年の様子を窺った。 多少顔色は悪いものの命に別条はなさそうだった。 「(よかったぁ。後は目を覚ますのを待つだけね。)」 気を失った彼をこのまま放置するわけにもいかず、とりあえずは彼が目覚めるのを待つことにした。 「(暇だなぁ・・。)」 浜に着いてから数分も立っていない。 が、いつ意識を取り戻すか分からない彼を待ち続けるのは正直、気が遠くなる。 「そういえば・・」 は何かを思い出したように、隣に横たわる人物を見つめた。 「(やっぱりっ!!!)」 海で彼を見つけた時は、一刻も早く浜辺へ連れてくことだけを考えてた。 無我夢中であまり彼の顔を見ていなかった。 だが、こうして無事浜辺に着き、落ち着いて彼の顔を見るとやはりどこか見覚えのある顔だ。 ――――いや、語弊があった。見覚えがある顔、と言うより、 ――――ずっと忘れられない顔・・ 「彼だ・・。」 はそっと、彼の頬を撫でた。彼の存在を確認する様に。 初めて触れる頬、想像してたよりもずっと滑らかだった。 「んっ・・。」 彼の唇から吐息が零れる。慌てて手を引っ込める。 「(起しちゃったかな?)」 うっすらと彼の瞼が開かれた。 「あっ、」 思わず声が漏れた。漆黒の瞳がこちらへと向けられる。 その鋭さにドキリと心臓が高鳴った。 高鳴る鼓動を抑えるようには、意識を取り戻したばかりの彼に声を掛ける。 「あ、あのっ「・・・ここは・・?」・・・・。」 が、遮られてしまった。 なんとなく気まずい表情のを無視して、彼は目覚めたばかりで機能低下してる頭をフル回転した。 確か自分は海に来ていて、その後・・・・波に呑まれた。 自分同様に、ずぶ濡れになっている目の前の彼女を見てようやく理解できた。 「どうやら、俺は君に助けれたようですね・・。ありがとう。」 身元不明な見知らぬ女だったが、とりあえず恩人なのには変わりないので、礼だけは述べておいた。 「え、・・あぁ、どういたしまして。」 「ところで・・・」 彼の目つきがより一層鋭いものになる。 思わず身を引く。 彼はの手首を掴み、これ以上距離を取られないようにした。 強く握られた為、顔を歪める彼女。 だが、彼は気にも留めずに言葉をつづけた。 「どこかで会ったことあるよね、例えば・・・海でとか。」 「ッ!?」 は彼の腕を振り払い、何歩分かの距離を置いた。 「(もしかして、海で会ったって、船の上ってこと・・?だったら私、今めちゃめちゃ怪しいじゃんッ。)」 案の定、顔を上げると彼は驚きの表情を置かべていた。 「(確かに、急にこんなことされたね・・・。)あ、ごめんなさい。」 「いえ、大丈夫です。ただ、そんなに驚かるとは思いませんでしたがね。」 「ッッ!!/// すいません・・・;;」 自分の失態に思わず赤面してしまう。 「ところで、お名前は・・?」 「へッ?あ、です!!ぜ、全然怪しいものではないですよ!?あ・・・。」 『・・・・・・・・。』 やらかしたっ・・・の脳内にその一言が駆け巡った。 自分が人魚だと悟られないようにと言った一言が、余計に怪しさを醸し出している。 「(どどどうしよう!?絶対、怪しまれたよっ。)あ、あの〜。」 「・・・。」 「(む、無視っ!?確かに、ちょっと変な自己紹介になっちゃったけど、無視はないでしょ!?)」 「・・・クッ。」 「へっ??」 「クククッ。」 どうやら、彼は笑っているようだ。 「(うん、それだけは分かる。)あ・・」 どうしよう、怪しまれてはいないようだけどなんか、どうしたらいいか分からん雰囲気になっちゃたッ。 こうして、がどうしていいか分からずにオロオロしている間にも、彼は笑い続けた。 ―――そして、数分の時が流れた。 ようやく、彼も落ち着いたようだ。 「すいません、笑ってしまって。あなたの反応があまりにも可笑しかったので・・。」 「い、いえ・・。こちらこそ、なんかすいません。」 とりあえず、場の雰囲気は落ち着いたものの、気まずさは消え去ってくれないようだ。 「(どうしよう・・。)あ、あのっ。」 「何でしょう?」 「名前を伺っても・・。」 「あぁ、申し遅れました。永四郎といいます。」 「永四郎さん・・・。」 永四郎―――何年も思い続けた人の名前をようやく知った。 忘れぬように、何度も心の中で繰り返した。 繰り返す度に、トクンと心が高鳴るのは何故だろう・・? 「(きっとそれくらい彼の事が・・・。)素敵名前ですね。」 「えぇ、ありがとうございます。」 そう言って永四郎は今までで一番柔らかい優しいが笑顔を見せた。 「ぁ・・・。」 「?どうかしましたか?」 「あ、いえ・・。」 あまりの綺麗な笑顔に思わず声が漏れてしまう。 ――こんな顔もするんだ。 もっと、知りたい。 もっともっと彼の表情を見たい。 がそんなことを思っていると、どこからか声が聞こえた。 「―――!?王子ーーー!?」 聞こえてきた声に永四郎は思わず顔を顰め、声のする方を見た。 が不思議に思っていると、ふと永四郎がこちらを向いて、 「助けてくれた、お礼がしたいのです。よかったら、食事に招待させて貰えませんか?」 「え、いいのですか?でも、」 予想外の誘いに目を輝かせただが、あることを思い出してその表情すぐに曇った。 「(私、人魚だから・・海から離れられない。食事に行けないよ・・。)」 「他に予定がありましたか?」 永四郎の悲しそうな表情がこちらに向けられる。 「(そんな顔しないでよ・・。)お気持ちは嬉しいんですが・・・。」 「そうですか。では、またの機会に。暇な時にでも、家に来てください。あそこですから。」 そう言って、永四郎の指さす方向を見てみると、家と言うよりも城と言った方が正しいような建物があった。 「え、えぇぇ!?」 混乱するにクスリと笑いながら、別れを告げて、 やって来た兵士と共に城の方向へと去って行った。 残されたはしばらくの間フリーズしていた。 自分が恋した相手は人間だった。 しかも、ただの庶民ではなく―― 「王子様だったんだ・・・。」 只でさえ、人間と結ばれる確率が低いのに、ましてや王子となると・・。 「ほぼ0パーじゃん・・。」 は、その場でしゃがみ込んだ。 その時、ふと永四郎の笑顔が蘇った。 ――ありがとうございます。 そう言った彼の笑顔は、いつの日にか見た表情とは正反対のものだった。 「(そうだ、私もっと彼のこと知りたい、もっと彼のいろんな表情見てみたい、そう思ったじゃんッ!!!)」 は勢いよく立ちあがって、遥か向こうにそびえ立つ城を見つめた。 「(人間とか、王子とか、そういう問題じゃないっ。大切なのは、私が彼が好きってことッ!!)」 は、そう胸に誓うと城に背を向けた。