La Sirenetta
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海に戻った後、は真っ先にある場所へと向かった。
――凛の家である。
正直なところ、こんなにも早く彼の家に足を踏み入れるとは思っていなかった。
先刻の事で気まずい2人。
だが、これからも凛に会わずして生きていくことは不可能に等しい。
どちらにしても、彼とは関わっていく運命なのだ。
今気まずい思いをするか、先延ばしするかである。
は意を決してドアを叩いた。
扉を叩いてから暫くして、凛が出迎えてくれた。
凛は一瞬驚いたものの、すぐに笑顔を浮かべ、を迎え入れてくれた。
彼の表情に一瞬、あの時の出来事が夢のように思われた。
だが、所詮それは願いに過ぎなかった。
あの時と同じ乱雑な部屋が、それが紛れもない事実だった事を無言で告げる。
は胸が締め付けられた。
そんなを慰める様に、凛は明るく振る舞う。
「どうしたんばぁ?まさか、もう振られたかー?」
「ち、違うよっ。まだ告白してないし!・・・今から行くの。」
明るくなり掛けた空気が再び影を帯びる。
「あのね、私・・・人間になりたい。」
「ッ!?」
ビクリっと凛の肩が上下した。
予想はしてた。
が再びここに訪れた時から。
扉が叩かれた時すぐに動かなかったのは、が来る事を恐れたから。
彼女を出迎えたら、二度と手に入らなくなる。
も、と過ごす時間も。
本当は居留守をするつもりだった。
そんな凛に扉を開けさせたのは、への思いであった。
―――わんとやーの関係はもう終わった。
幼馴染も、しちゅんないなぐって事も。
今は全力でやーの幸せを祈るって関係やっし――
「凛・・。」
無言の凛に不安が募る。
反対される覚悟でここに来た。
だが、頼れるのは彼しかいない。
「分かったさぁ。ただし条件があるんどー。」
「凛、ありがとう・・・ごめん。」
凛の顔が霞む。
「やぁは、泣き虫(なちぶー)やっし」
「ッ・・・だって」
「あー!かしまさいっ。今から薬作るから、待っとれ!」
「ぅん・・。」
凛は奥の部屋へ行ってしまった。
私は近くに倒れていた椅子を起こし、そこへ腰かけた。
凛があんな態度をとる時は、大抵照れ隠し。
好奇心旺盛な子供と思いきや、いざという時は大人になる。
そんな彼ともう会えなくなると思うと、少し後悔の念が湧く。
凛だけじゃない、友達も、両親も、今まで傍にいてくれた人を裏切って私は彼に会いに行く。
結果はどうあれ、二度と戻って来られないのは確実。
「(それでも、彼に会いたい。)」
たった一つの気持ちが今のの原動力であった。
◆ ◆ ◆
暫くして凛が帰ってきた。
先程よりも少々薄汚れた格好になり、手には小さな小瓶が収まっていた。
「それ・・。」
「わったぁの一族に伝わる秘薬の1つやっし。これを飲めば人間になれる。・・・条件付きでな。」
「条件付き・・?」
「あぁ。人間になったら、やーはその代償として声が無くなる。」
「え・・。」
――声を失う・・・。もう、二度と喋れないってこと・・?
突然告げられた事実に表情を曇らす。
凛はの頭に手を乗せて、笑いながら、
「そんな、表情(かお)すんな。大丈夫やっし、わんが薬の調合をアレンジしたさー。」
「アレンジ・・?」
「あぁ。今までのよりも、代償を軽くできるようにした。
つまり、声を取り戻せる可能性があるってことやっし!」
「ほんと?でも、どうやって・・。」
「簡単な事さー。やーが人間になってから、初めて好きになった男と結ばれればいいんばぁよ。」
「もし、結ばれなかったら・・。」
そうだ、いくら凛が代償を軽くしてくれたって、私が失敗すれば・・。
今までにない位の不安には押しつぶされそうになる。
「ふらー!!」
凛が突然怒鳴った。
「わ!?」
突然の事に状況把握ができないまま、立ち尽くすを尻目に凛は続ける。
「やぁがそんなに落ち込んでたら、わんの気持ちも努力も全部意味ないんどー!!
やーはあぬひゃーの事しんけんしちゅんばぁ!?」
真剣な凛に、はっとした。
――そうだ、こんな事で落ち込んでたらダメだよ!私は、これから先1人で陸に行くんだ。
「私、人間になりたい。あの人に好きって伝いたいの。」
――もう恐れなど何もない。
の決心が揺ぎ無いものと分かった凛は、に手を差し伸ばした。
「え?」
「陸まで送ってやるさー。」
「でも、それって・・・。」
陸に行く事は達、深海の者には許されない事である。
もし、見つかったらいくら凛でも軽い罰では済まされない。
「ふらー。一世一代の大事な時やっし。罰なんて怖がってる場合かよ。」
そう言って、凛はの手を掴むと家を飛び出した。
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